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2018/11/16

孤独について考えてみた。

急に思いついたから泳いだ目で街を歩いてしまった。
うろうろうろうろ。
そして頭の中は沸騰していました。熱い熱い。


といっても、自分は稚拙なので考えが脱線したり結
末が行方不明になったりと基本思考は不安定なものであります。


そんな阿呆な人間のたわいもない話です。


孤独。
他人と真面目でもふざけてでも話していて
楽しいと思うのだけど、どこか空しいと思う。
自分がそこにいるのかいないのかという、
浮遊感が漂う。

きっと他人で自分を確認する(させる)より、
"自分"が自分を確認することを本当は
望んでいることではないかと。
自分で大声で「ここにいるんだ!」と
叫びたいのだと。

その叫びは「撃」と呼ぶとします。とりあえず。
撃とはつまり、自分の中の源泉。
それを沸騰させること。

その「撃」は誰もが持っている。
しかし、そんなものは自分には無いのだと言う人もいるだろう。
そう思う。「撃」は目で視えるモノではない。
「撃」という源泉…『行動源泉(注:造語)』は
掴みたいけど掴めにくいモノであるということ。
だから、人間は誰もが皆孤独なんじゃないか。
奥深くに潜む…自分自身によって抑えられたモノ。
無限の力が湧くような感覚。

行動源泉を誰もが皆持っているから
たとえそれを視つけても視つけられなくても
人は孤独を感じるのではないだろうか。

人間の孤独感は無くなることは無いだろう。失くなることがあっても。
行動源泉が生きている一人一人違うから。
似ているがあっても同じはないから。
それは個性としての柱でもある。
だからたとえ他人を愛しても愛されてもどこか満たされない。

行動源泉を探す。
それは常識に塗り固められたフタの無い箱に
純粋なモノとしてそこに入っている。
常識はアインシュタインの言葉を借りるなら、偏見だ。
偏見は人物だけじゃなく、能力・経済・人生観がある。
その偏見をぶち壊した奥に行動源泉がある。

行動源泉は逃げも隠れもしない。
寧ろ自分が行動源泉から逃げ隠れているんだ。

人間は一人一人職人なんだ。
黙々といつの間にか行動源泉を滾らせて生きていく。
それは誰にも馬鹿に出来ないし、"馬鹿"になどならないんだ。

孤独とは、かみ合わない「撃」情を言うんだ。


(注:孤独≠一人ぼっち)

+++++++++++++++++++++++++++++

グダグダな文章しか書けない頭がもどかしい。
書いていて自分が何書いてるのかわからなくなった。 ←
とりあえず、ここまで読んでくださってありがとうございました。

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2012/02/22 語り Comment(0)

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